100年以上永く愛されるとなると、4世代に愛され続けられなくてはなりません。一時の気まぐれや流行では、時代を超えることは不可能です。時代を超えて愛される魅力、それは普遍的な魅力と言えます。
我々日本人の、新しいものであれば何でも有難がる性癖の証です。社会が豊かになることは、より新しくより多くすることだと思い込んできました。
100年以上永く愛されるとなると、4世代に愛され続けられなくてはなりません。一時の気まぐれや流行では、時代を超えることは不可能です。時代を超えて愛される魅力、それは普遍的な魅力と言えます。
我々日本人の、新しいものであれば何でも有難がる性癖の証です。社会が豊かになることは、より新しくより多くすることだと思い込んできました。
近頃は、自分だけの個性的な家を望んだのでしょうが、住宅雑誌や住まいの本の受け売りで、似たような無国籍の家が建ち並んでいます。この現実を見ると悲しいものがあります。
住まいは「斬新な」と言えるほど個性的である必要はなく、雑誌の切り抜きを寄せ集めたような安易なものではありません。
一般的には目を引くもの、カッコいいものが良いデザインですが、家は土地の上に建つ構造物ですから、それだけでは本当に良いとは言えません。ましてや、いま盛んに宣伝されている、〇〇仕様や××装備などのオプション・オンパレードは、二の次、三の次の問題で論外です。
先人先輩・建築家の教えとして、「建築設計の要諦は意匠(デザイン)と構造は一体でなければならない」、「構造は真実を表現したものでなければならず、真実がもたらす美を具有しなければならない」と強調しています。
私たちが伝統的な木組みの構造にこだわる、構造体そのものが力学的な理に適うことで、バランスとプロポーション、全体美を生むと思っているからです。
細部に至っては、木組みの出来栄えと木肌等の見え掛りにこだわり、手技の切れ味による美が存在しなければならないと思っています。
消費財といわれる工場製品は通常、カタログや店頭でその価値を判断し購入します。しかし、家はオーダーメイドの現地一品生産なので、現物は存在しません。
提供者を決め、様々な期待・要望を検討しながら設計図と価格が決まります。その後、数カ月の工事を経て完成します。待ちに待った夢のマイホームを手にした喜びの一瞬です。
だがしかし、家は完成時の外観だけでは真の価値はわかりません。本当の価値は、時間の経過によって判明するからです。
第一のプロセスは、住んで1年目。春・夏・秋・冬の気候変化に伴う、雨・風・雪・日照などに対する適応は? 生活する中で、不便・狭い・うるさい・暑い・寒い・暗い・落ち着かない等々、機能・利便性は満足か? 光熱水費や清掃費等のランニングコストは? これらが判明します。
第二のプロセスは、5年位の経過に伴う、住む人に対する影響です。心身の健康、生活スタイル、幼児・子供の情緒・教育効果、家族と縁者との関係、近隣との関係、等々が判明します。
第三のプロセスは、10年以降を経過すると、家の性能・品質が判明します。耐力性(構造上の不具合)、耐久性(劣化・腐食・虫害)、地盤沈下や家の傾き、資産価値(材料の品質・工法)、周囲や時代変化との違和感、愛着や誇り(飽きる・不満・コンプレックス)等々。
生涯で最大の出費である家の購入。尚且つ「これほど複雑で厄介な代物はない!」。
提供者としてもその責任の重大さを痛感しています。